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広島高等裁判所 平成11年(う)43号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中原秀治作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官梶山雅信作成の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の論旨について

所論は、要するに、原判決は、強制採尿手続により差し押さえた被告人の尿の鑑定書を証拠として採用し、犯罪事実認定の証拠としているが、(一)被告人は、逮捕状も身体に対する捜索差押許可状も発付されていない段階で、警察官から殴る蹴るの暴行を受け、無理やり警察の車両に乗せられてその身柄を確保されたものであるから、これは令状主義を逸脱する重大な違法に当たり、それに引き続く被告人に対する強制採尿手続も違法であり、(二)被告人には、肝硬変等の持病があり、失神して緊急入院した上、警察官から暴行を受けた直後でもあり、また、緊急性もなかったのであるから、強制採尿は被告人の容態の回復を待ってから行えば足りたのに、警察官が被告人の健康状態に十分配慮せず、強制採尿を実施したことは違法であるので、右の違法な強制採尿手続によって得られた被告人の尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきであるのに、これを証拠として採用し、犯罪事実の認定に供した原判決には、その訴訟手続に法令違反があり、右証拠の外に、被告人の自白には補強証拠がないので、右の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討する。

一  被告人に対する強制採尿に至るまでの経緯及び強制採尿の状況について、原審記録中の関係各証拠に、被告人の当審公判廷における供述並びに岡村卓徳及び竹内照勝の当審公判廷における各証言を併せれば、次の事実が認められる。

1  被告人に対する捜索差押許可状発付に至るまでの経緯

山口県警察本部生活安全部生活保安課警部岡村卓徳ら八名は、平成一一年一月六日午後六時五〇分ころ、B´ことBに対する覚せい剤取締法違反事件に関する捜索差押許可状により、被告人方に捜索に赴き、被告人を立会人として捜索を開始したところ、同所にいた被告人の知人Cが覚せい剤を所持しているのを発見し、同人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、さらに、被告人についても覚せい剤使用の疑いを抱き、尿の提出を要求したが、被告人は、この要求に応ぜず、腹痛を訴えて、便所に入ったものの、失神したようにうずくまったため、岡村らが救急車の派遣を要請し、被告人は、同日午後七時四五分ころ、他の警察官が同乗する救急車で徳山市新宿通一丁目一六番地所在の徳山病院に搬送された。その後も、岡村ら警察官は、被告人の妻を立会人として、被告人方の捜索を続け、注射器二本等を発見して差し押さえ、同日午後八時一五分ころ、捜索は終了したので、岡村は、徳山病院に赴いたが、被告人は、同病院一〇五号室において、点滴治療を受けていた。

徳山警察署生活安全課長星尾康治は、被告人の覚せい剤使用歴や被告人方から注射器が発見された報告を基に、被告人の覚せい剤使用の嫌疑を抱き、被告人から強制採尿をするための捜索差押許可状の発付を受けることとし、岡村をして、右病院医師に対し、強制採尿の実施を依頼させ、その手はずを整えた上、徳山警察署所属警察官竹内照勝が、星尾の指示で、同日午後一〇時過ぎころ、右捜索差押許可状を請求するため、警察車両で、徳山警察署を出発し、山口市内の山口簡易裁判所に向かい、同日午後一一時ころ、同裁判所の当直職員に捜索差押許可状請求書を提出し、同日午後一一時二〇分過ぎころ、同令状が発付されたが、その間、岡村は、被告人の病室に面した病院駐車場前の歩道上に駐車した警察車両内で、谷川誠警察官外一名は、同病院内において、それぞれ待機し、被告人を監視していた。

そして、竹内は、同令状を受け取るや、直ちに、警察車両の無線で、令状が発付されたことを徳山警察署の星尾に連絡し、警察車両で徳山病院に向かい、他方、星尾は、電話で徳山病院前の岡村にその旨を告げ、岡村は、同日午後一一時二八分ころ、携帯電話で、同病院内に待機していた谷川にその旨を告げた。

2  被告人に令状を提示するまでの状況

岡村は、前記警察車両内で待機中の同日午後一一時三五分ころ、被告人が病室の窓から外に飛び降りるのを発見し、被告人の方に近付いて、「A」と声をかけたところ、被告人が突然走り出したので、その約一〇メートル後方を追いかけて行き、その途中で、携帯電話で、その旨谷川に連絡した。被告人が、病室前から五、六十メートルくらい走ったところで、足がもつれるような状態で転倒したので、岡村は、被告人に追いつき、被告人の後方から肩と腰の付近を両手で押さえた。そして、岡村は、携帯電話で、その状況を星尾に連絡し、息が上がった状態の被告人を座らせて、どうして逃げたのかと尋ねたのに対し、被告人は、もう逃げない旨言って、そのまましばらくその場に座っていた。岡村が、再度谷川に電話で連絡したところ、同人外一名の警察官が来たので、岡村は、被告人を病院に再び連れ戻そうと考え、「病院に戻るぞ。」と被告人に告げたが、被告人が、全身の力が抜けた状態で、苦しいと言うので、谷川外一名の警察官が両方から被告人の脇を抱え、その体を支える状態で病院の方に向かった。

岡村ら三名の警察官は、同日午後一一時四〇分過ぎころ、被告人を連れて、病院の駐車場まで戻ったところ、同所にいた同病院の看護婦が、「治療中に抜け出すような人はみることはできない。」と言って、強制採尿の令状が来るまでは、病院に入るのを拒否したので、岡村は、右令状の到着を待つため、なお脱力した状態で、息も苦しいと言う被告人を警察車両に乗せたが、その際、被告人は、これを拒否したり、抵抗したりすることはなかった。

しばらくすると、車内の被告人が、うめき声を出し、身体をのけぞらしたり、頭を前後左右に動かしたりするなど、体を激しく動かし、さらに、足で前の椅子を突っ張ったり、腕を回すなど苦しみもだえている素振りを示したので、同乗していた二名の警察官が、被告人の手を押さえるなどして、おとなしくするように言った。

翌七日午前零時一〇分ころ、前記のとおり発付を受けた捜索差押許可状を所持した竹内警察官が同病院駐車場に到着して、これを岡村に渡したので、岡村は、同車両内において、被告人に対し、右令状を提示し、病院で採尿することを告げた上、警察官二名が被告人をその両脇から抱きかかえるようにして、同病院内に連れて行った。

3  強制採尿の状況

岡村は、看護婦の指示で被告人を連れて入った右病院一〇一号室において、医師の面前で、被告人に対し、再度捜索差押許可状を提示して、採尿する旨告げ、任意に尿を提出するとも言わず、暴れる様子を示した被告人の手足を警察官四名によって押さえ、医師及び看護婦が被告人の尿道にカテーテルを挿入して、約一七〇ミリリットルの尿を採取したので、同所にいた徳山警察署所属の警察官が右尿を差し押さえた。

二1  右一の2に認定した点について、岡村は、当審公判廷において、同人が被告人を追いかけて制止した状況、他の警察官が被告人を警察車両に乗せるまでの状況、被告人の警察車両内での言動等について、時間的経過に従い、詳細かつ具体的に証言しており、その証言内容は、事実の経過として合理的であって、不自然で作為的な要素は窺われない。また、右証言は、それ以前に、被告人が徳山病院に入院していて、転院するように促されていた経緯等もあったのに、救急車で搬送された被告人が治療中に無断で病室から抜け出したため、同病院看護婦が被告人の治療の継続を拒否する態度に出たので、強制採尿のための捜索差押許可状が到着するまで、被告人を警察車両内で待たせることになった状況を合理的に説明するものである。

したがって、右岡村の証言は信用性が高く、前記一の2のとおり認定することができる。

2  右の点について、被告人は、当審公判廷において、概ね次のとおり供述する。

被告人は、平成一一年一月六日午後一〇時三〇分ころ病室に来た妻から、「病院の隣の焼き鳥店『大吉』で待っているから、出れるなら出てきてくれ。」という友人の伝言を聞き、点滴の途中であったが、一階の病室の窓から外に出て、「大吉」の前に止まっている自動車を目標に小走りに走っていたところ、後ろから「A」という声が聞こえ、警察官が後ろから突いたかどうか分からないが、足がもつれて、倒れた。そして、被告人は、その倒れた場所において、警察官から、踏んだり、蹴ったりされたので、持病の肝硬変による静脈瘤が破裂してはいけないと思い、腹を手でかばっていたが、顔や足を何回も蹴られた。その後、被告人は、無抵抗であったが、警察官が、被告人を後ろから羽交い締めにした状態で、携帯電話で他の警察官を呼び、その場に到着した警察官二名によって両腕を抱えられ、引きずられるようにして、病院の正面に止まっている警察車両に無理やり乗せられた。被告人は、右車両内において、腹が激しく痛み、「手を離してくれ。息苦しいので、離してくれ。」と言ったが、警察官によって両手をがんじがらめにされ、身動きがとれない状態で約一五分間くらい右車両内にいた後、同病院内に連れて行かれ、病室において、初めて強制採尿の令状を示された。

しかし、被告人の右供述のうち、警察官が、路上に倒れて無抵抗の状態の被告人に対し、いきなり殴る、蹴るなどの暴行を加え、羽交い締めにしたという点は、警察官がそのような暴行を加える理由や必要もなく、証拠上も、右のような暴行が加えられた形跡は窺えないことなどからしても、信用することはできない。なお、被告人が病室を出たのが同月六日午後一〇時三〇分ころであるという点も、その後の時間の経過に符合せず、信用できない。また、被告人が、警察官らによって、無理やり警察車両に連れて行かれて、乗車させられたという点は、ほとんど独力で歩行することも困難な素振りを示している被告人を病院に連れ戻そうとしたが、病院内に入ることを拒否されたため、やむを得ず捜索差押許可状が到着するまで、警察車両内で待たせざるを得なかったものであって、被告人は、警察官の右の措置を拒否したり、異議を言った事実はなく、警察官が強制的に右のような行為に出たものではないから、被告人の供述は信用できない。さらに、被告人は、右のような供述を当審公判廷になって初めて供述するようになったものであるところ、その理由として、原審当時には、血を吐いて病院に入院したりして、身体のことだけが心配で、裁判のことまで頭が回らなかったと供述するが、被告人は、過去に何度も裁判を受けた経験があり、警察官から前記のような激しい暴行を加えられたとすれば、原審公判廷で供述するはずであるので、右の理由は不自然であり、当審公判廷における警察官らの暴行等についての被告人の供述は、唐突で、作為的な要素が窺われ、信用できない。

なお、被告人の知人であるDは、当審公判廷において、徳山病院近くのつたや酒舗の北側路上に自動車を止めて、被告人の妻から被告人の病状を聞こうと思って待っていたところ、被告人が小走りにやってきて、自然に転んだか、押されたか分からないが、路上に転倒し、その上に男が馬乗りになっているような状況を目撃したこと、そのとき、被告人が抵抗しているように見えたこと、すぐに二、三人の人が来て、被告人を、両側から押さえるような感じで、もと来た方に連れて行ったこと、Dが、自動車から降りて、被告人が連れて行かれた方に行って、交差点の角を曲がると、被告人が警察車両に乗り込む寸前であったことを証言しているが、右Dの証言のうち、転倒した被告人に男が馬乗りのような状態になったという部分は、岡村の証言する、同人が転倒した被告人を制止した状況と特に矛盾はないこと、被告人が抵抗しているように見えたという証言も、被告人が殴る、蹴るなどの明らかな暴行を受けた状況を供述しているわけではないこと、被告人がもと来た方に連れて行かれたという証言も、被告人が力が入らない状況で、警察官が被告人の両脇を抱えて連れて行った状況とも考えられること、さらに、その後の状況については、Dは、被告人が警察車両に乗り込む寸前から目撃したもので、それ以外の状況を見ていないことなどからすると、Dの右証言は、岡村の前記証言と矛盾するものではなく、被告人の供述を裏付けるものではない。

三  本件強制採尿手続について

1  所論(一)の被告人に対する強制採尿に至る経緯の違法について

前記認定の事実により検討すると、岡村は、徳山病院の病室から抜け出し、走り出した被告人を追跡し、自ら転倒した被告人に対し、両手で被告人の肩と腰を押さえて制止したものであり、それ以上の有形力は行使していないこと、谷川ら二名の警察官が被告人を両脇から抱え、もと来た病院の方向に連れて行った行為は、被告人が全身の力が抜け、独力で歩行もできない状態であったためであり、その際、被告人は抵抗する態度を示していないこと、さらに、岡村ら警察官は、被告人が治療の途中であるため、一旦病院に被告人を連れて入ろうとしたが、同病院の看護婦から、これを拒否されたため、捜索差押許可状が到着するまで、警察車両内で待つことにしたものであり、同車に乗り込む際に被告人は特に抵抗する態度を示していないこと、被告人は、しばらくして、警察車両内で激しく身体を動かし、苦しみもだえている素振りが見られたため、二名の警察官が、被告人の手を押さえ、おとなしくするように言ったりしているが、被告人は、明確に警察車両内から外へ出る意思を示しているものではないこと、警察官らは、以上の外は、格別有形力を行使して被告人の行動の自由を制限したものではないこと等の事実に加え、前記認定の被告人が病室を出た時点において、被告人に対する強制採尿のための前記令状がすでに発付されており、警察官が、右令状の執行のため、これを持って同病院に向かっている途中であり、警察官らの行為に緊急性、必要性も認められることをも総合すると、警察官らが、被告人に捜索差押許可状を提示するまでの間に、被告人に対し行った一連の行為は、右令状が到着するまでの約三〇分の間、任意に警察車両内に待機することを促した行為であって、緊急かつやむを得ない行為であるというべきである。なお、弁護人は、もっと早い段階で、令状請求ができたはずであると主張するが、岡村や星尾ら警察官は、被告人が緊急に入院する事態が生じたこと及び被告人方の捜索差押えの状況等を総合して、強制採尿を実施することを決めたもので、殊更に令状請求の手続が遅延したものとはいえない。

したがって、警察官らの措置には、弁護人が弁論において主張するような不当逮捕、監禁等の令状主義を逸脱する違法はない。

2  所論(二)の強制採尿の実施時期及び方法について

警察官が、被告人に対し、殴る、蹴るなどの暴行を加えたような事実は認められず、被告人に肝硬変等の持病があり、緊急入院した直後であるとしても、被告人に対する強制採尿は、医師が、被告人の状態を見て、実施しているものであるから、警察官が、被告人の健康状態を十分配慮せず、強制採尿を実施したとはいえない。所論は、強制採尿は、被告人の容態の回復を待ってすれば足り、深夜に実施する緊急性はなかったと主張するが、尿から覚せい剤が検出される時期は限られていて、翌朝まで採尿を猶予することができなかったものと認められるから、必ずしも被告人に対する強制採尿が緊急性がないとはいえない。

したがって、強制採尿の実施時期及び方法について、違法な点はない。

四  以上のとおり、被告人に対する強制採尿に至る経緯並びに強制採尿の実施時期及び方法について、違法な点は認められないから、被告人の尿の捜索差押えにつき作成された捜索差押調書及び写真撮影報告書はもとより、右尿の鑑定につき作成された鑑定書は、違法収集証拠ではなく、被告人側の同意により証拠能力が認められるものであり、これらを犯罪事実の認定に供した原判決には、その訴訟手続に何ら違法はない。

論旨は理由がない。

第二  控訴趣意中、量刑不当の論旨について

所論は、要するに、被告人を懲役一年一〇月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討する。

本件は、被告人が、原判示のとおり、法定の除外事由がないのに、平成一一年一月六日ころ、山口県徳山市内の市営乙山第三住宅一棟九号の当時の被告人方において、覚せい剤若干量を水に溶かして自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用した、という事案である。

被告人は、二〇歳のころから覚せい剤を使用するようになり、昭和五九年五月から平成八年三月までの間、覚せい剤取締法違反の罪又は同罪と他の罪との併合罪により、六回懲役刑に処せられて(うち一件は保護観察付執行猶予であったが、後に取り消された。)、いずれもその刑の執行を受け、平成一〇年三月二六日に前刑の執行が終了した後、その約半年後には、肝硬変などのために体調が悪かったためとはいえ、またも覚せい剤を使用するようになり、本件当日、知人が被告人方を訪ねてきて、同人に勧められるまま、安易に本件覚せい剤使用に及んだものであることからすると、被告人には覚せい剤に対する依存性が顕著に認められ、覚せい剤使用等についての常習性も否定できない。したがって、本件の犯情はよくなく、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

そうすると、被告人は肝硬変に罹患し、食道静脈瘤が認められることなど、健康状態が優れず、これが生命に関わることを自覚し、本件を最後に覚せい剤の使用を断つことを誓っていること、被告人には妻子があり、妻が被告人のことを心配していることなどの被告人のために斟酌し得る諸事情を十分考慮しても、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一八〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福嶋 登 裁判官 佐藤 拓 裁判官 大善文男)

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